巨額の運用資産はどこに向かうのか

巨額の運用資産はどこに向かうのか

ビジネス系週刊誌や経済新聞には、「ヘッジファンド」、「機関投資家」のフレーズが盛んに登場します。

一般メディアでは「巨額資金で市場を操る怪物」「正体を見せない秘密結社」といったイメージで描かれ、株価が暴騰・暴落したときにはヘッジファンド・機関投資家悪者説がささやかれます。

リーマンショックなど経済危機が起こった時には、利益をむさぼったヘッジファンド、破綻を招いた投資銀行が集中砲火を浴びました。

しかしその正確な実態は、驚くほど知られていません。そして、機関投資家やヘッジファンドについて理解を深めることは、わたしたち自身の資産運用を考える上でもとても役立つのです。

この記事では、ヘッジファンド・機関投資家が市場においてどんな役割・機能を果たしているかについて、わたしたち一般市民との意外な接点を交えながら解説します。

そもそも機関投資家とは

そもそも機関投資家とは

ではまず、そもそも機関投資家とは何なのか、見ていきましょう。

顧客の資産を運用するのが機関投資家

機関投資家とは、普通銀行・信用金庫・信託銀行・生命保険会社・投資信託運用会社・証券会社といった金融機関や企業年金基金といった法人を指し、国内法人だけではなく外国法人も含みます。

機関投資家は、自己資金だけでなく個人投資家・事業法人から集めたお金を市場で運用しています。

例えば生命保険会社なら加入者から集めた保険料が、投資信託運用会社なら投信の購入者から集めた資金が運用原資。

ヘッジファンドも機関投資家の1類型ですが、年金基金といった他の機関投資家がヘッジファンドに出資しているという意味で若干立ち位置が異なります。

1社あたりの運用総資産は中堅生保でも数兆円に達し、その内訳も国内公社債・株式から外国証券・不動産・モーゲージ貸し付けなど実に多岐にわたります。

経済情勢や企業業績の分析結果に基づき基本ポートフォリオを組成、さらに投資環境をモニタリングしながら資産アロケーション(分配)をデイリーベースで組み替えています。

こうした仕組みを支えるのが、組織です。主要各資産の運用はそれぞれ専門の運用部門がハンドリングし、さらに財務・ITシステムといったスタッフ部門が周りを固めます。

個人投資家は、こんな相手を向こうに回して戦わなくてはいけないだけに大変です。

サラリーマンの退職金原資も運用

では機関投資家の運用原資は実際どこから来ているのでしょうか?

退職金

わたしたちとは全く無縁に思える機関投資家ですが、実は会社員の退職金原資は、その多くが企業年金基金で運用されているのです。

企業年金連合会への加入者は大手企業の会社員を中心に約900万人、1200の加入団体が総額100兆円を超える資金を運用しています。

年金

わたしたちの年金も、機関投資家が運用しています。

海外では、カナダ年金制度投資委員会(運用資産33兆円)・ノルウェー政府年金基金(115兆円)が有名ですが、第1位はなんと日本です。

150兆円超の運用総資産を擁し世界最大の機関投資家とされるGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)も、資金源はわたしたちの国民年金・厚生年金原資です。

かつては債券を中心に運用してきたGPIFですが、最近はETF(上場投資信託)や株式へのシフトを強め、アベノミクス相場の原動力になったとされています。

投資信託

個人投資家が購入する投資信託も、信託運用会社が運用しています。

運用総資産残高は100兆円超、全世界レベルだと50兆ドルの投信が運用されており、その半分近くがアメリカです。

このように市場を大きく動かす機関投資家も、わたしたしは資金の拠出という形でかかわっているのです。

市場での圧倒的存在感

全国4取引所上場3600社の株主構成割合は、株主数からいえば個人投資家が97%を占めています。

一方で株式保有状況の切り口で眺めるとその様相は一変し、国内金融機関と外国法人がそれぞれ3割、事業法人が2割を占め、個人投資家は2割以下です。

このうち国内金融機関と外国法人がいわゆる機関投資家であり、両方合わせて6割と圧倒的な存在感を示しています。

売買額では、外国法人が全体の8割近くを占め、信託を含めた国内金融機関は1割を切ります。外国人投資家は短期志向が強く、売買額が膨らむ傾向にあるようです。

注目を集める機関投資家の最近の動向

注目を集める最近の動向

では次に、機関投資家の最近の動きについてみていきましょう。

批判が集まる投資銀行の高額報酬

機関投資家は市場における存在感の大きさゆえに、相場やさらには実体経済そのものに致命的な影響を与えることも少なくありません。

2008年9月15日、リーマンブラザースは、チャプターイレブン(連邦破産法11章)の申請を公表しました。住宅バブル崩壊でサブプライム債券のデフォルトが相次ぎ、事実上の破綻に追い込まれたのです。

米国4位を誇る投資銀行が事実上破綻したことを受け、世界中の債券・株式相場は大きく動揺します。

さらに他の金融機関もサブプライム債券を抱えていることが明るみになり、経済・金融環境は一挙に不安定化しました。

いわゆるリーマンショックで、その後の実体経済は大きく落ち込み、世界中でリストラの嵐が吹き荒れました。

一方でこうした事態を引き起こした機関投資家は、大手保険会社AIGの公的救済やモルガン・スタンレーへの三菱UFJによる出資など手厚い支援を受けました。

リーマンショック後、2015年にはいわゆるボルカールールが全面適用されました。

この新法制は、未公開株やヘッジファンドに対する出資の制限、自己勘定によるリスク資産の売買禁止、レバレッジやデリバティブの大幅な規制などを盛り込んだものであり、機関投資家の投機的行為は大きく制限されるようになりました。

ただし、議論の的となった投資銀行の役員報酬は規制から外され、彼らの高給ぶりは相変わらずです。

ちなみにS&P構成企業に含まれる金融業種43社CEOの役員報酬中央値は1210万ドル、トップはJPモルガンチェースCEOジェームス・ダイモンの2830万ドルです。

機関投資家が握る巨大な力「議決権」

機関投資家は、市場取引を通じて相場や経済に大きな影響を与えるだけでなく、株式の所有を通じて企業の経営判断を左右します。

株主総会が近づいてくると、株主の元には「議決権行使のお願い」が郵送されてきます。

株主はその所有株数に応じて、「議決権」を行使できるわけですが、機関投資家の握る議決権は、個人投資家とは比較にならないほど絶大です。

「議決権」の範囲は利益の分配・取締役の選任や解任・ガバナンス体制などに及び、まさに会社の運命を左右します。

一方で、機関投資家はあくまで顧客から預かった資産を運用しているわけで、受託者としての責務を果たさなければなりません。

具体的には、議決権の行使を通じて企業の持続的成長を促すことが求められています。これが、スチュワードシップ・コード(機関投資家の行動指針)の考え方です。

もちろん議決権を盾にしてごり押しするわけではなく、事業環境や戦略について理解を深めるためには投資先企業との対話が欠かせません。企業側も、シェアホルダーミーティングを開催したり工場・研究所の見学会を開いたりと、投資家への情報発信に熱心なところが増えました。

一方で、ESGに熱心な企業が必ずしも業績や株価パフォーマンスに優れているわけではなく、こうした点に関しては今後も検証が必要です。

「物言わぬ株主」からの変貌

発行企業の経営方針や利益還元策に関してあまり口を挟まない株主のことを、「物言わぬ株主」と呼びます。

生命保険会社や信託銀行などの機関投資家も、株式を所有する会社との営業上の取引関係などを意識し、今までは物言わぬ株主に徹してきました。

例えば、事業会社が大株主の生命保険会社が所有するオフィスビルに入居しているようなケースです。社員に保険をあっせんしているようなパターンも、少なくありません。

そんな予定調和を一変させたのが、監督官庁の金融庁です。森長官は、機関投資家の姿勢に以前から不信感を抱いてきました。

2020年のスチュワードシップ・コード改定に向けては、「議決権行使にあたっては賛否の結果だけではなくその理由を示すこと」を義務付ける意見書を提示しました。

そうした動きを受け、機関投資家のスタンスも急速に変わりつつあります。

今年の株主総会では、会社が提案した取締役選任議案などに反対票を投じる機関投資家が大幅に増えました。

反対票が2割を超えた企業は300社以上に達し、業績不振の企業は取締役選任などで×を突き付けられるケースも増えています。

経営者側のスタンスにも変化が見られ、野村ホールディングスや福島銀行のように総会直前に議案を差し替える会社も出てきました。

こうした株主・経営者間の健全な緊張関係のもとで曖昧な付き合いは許されません。

この結果、経営者が企業価値向上・株主利益還元にもっともっと奮闘するようになれば、わたしたち個人投資家にもメリットをもたらしてくれます。

ヘッジファンドと機関投資家の関係性

ヘッジファンドと機関投資家の関係性

では本題の、ヘッジファンドと機関投資家の関係性についてみていきます。

なぜヘッジファンドは最近調子が悪いのか

ここ1年は伸び悩みが見られるものの、2010年代に入ってから各国の取引市場は活況を呈し、株価は大きく上昇しました。

そうした状況でヘッジファンドの多くは苦戦中で、2009年以降のパフォーマンスは市場平均の伸びを下回っています。

「急所を突け」ジョージ・ソロスがいみじくも語ったように、市場が抱える潜在リスクを見抜いたうえでの逆張りがヘッジファンドの18番です。

ところがここ数年、各国中央銀行による金融緩和と穏やかな経済環境が続き、リスクそのものが著しく消滅してしまったのです。

カルパース出資引き上げのショック

こうした運用難の中、ファンドから出資を引き揚げる機関投資家も目立ち始めました。

特に米国最大の年金基金カルパースによるヘッジファンドへの出資停止(約40億ドル)は衝撃を与えました。

相場環境が良好で、ヘッジファンドに頼らなくてもリターンを獲得できるというのが停止の理由です。

直接の原因は運用リターンの低迷にありますが、割高な手数料体系・不透明なガバナンス・顧客サービスなど、解決しなければならない課題は多いようです。

2018年もトリカディア、ブレナム、アバートンといったファンドが閉鎖を決め、数億ドル単位で顧客に出資を返金しました。

伝説ヘッジファンドたちも、苦境に立たされています。サブプライムショックにおけるCDS(クレジットデフォルトスワップ)取引で1兆円を超すリターンを叩き出したジョン・ポールソンのファンドも最近は鳴かず飛ばずで、運用総資産もピーク時の380億ドルから87億ドルまで激減してしまいました。

ポールソンは近いうちに今のファンドを店じまいし、個人資産(それでも60億ドル以上!)だけ運用する意向を示しています。

一方で、一部のヘッジファンドは相変わらず好調です。コンピューター科学者のDEショーが立ち上げた「コンポジットファンド」は、クオンツ(数理分析者)によるマルチ戦略に基づき毎年10%以上のリターンを稼ぎ出しています。

ケネス・グリフィン率いるシタデル(運用総資産300億ドル)も株・債券・金利・通貨などを巧みに組み合わせたマルチ戦略で9%のリターンを叩き出しています。

資産規模でも、50億ドルを超えるファンドに資金が集まる傾向にあります。取引データ分析・AIやHFTによるアルゴリズム取引などの充実には巨額の資金が必要で、対応できない小規模ファンドからは資金が流出しているのです。

こうした状況は、ヘッジファンドの中でも優劣の差が開きつつあることを如実に示しています。

それでもヘッジファンドに頼る機関投資家

何かとアゲンストにさらされるヘッジファンドですが、全体としてみれば運用総資産は依然として3兆ドルを維持しています。

運用成績や手数料など、機関投資家はヘッジファンドに対して決して満足しているわけではありません。にもかかわらず、ファンドに対するニーズは相変わらず高いようです。

大和総研が実施した調査によると、退職年金基金の多くがヘッジファンドへのシフトを加速しています。

基金の8割以上がポートフォリオにヘッジファンドを組み入れ、運用残高に占めるウエイトは15%近くに達しており、中長期的にはこの比率をさらに高めたい意向です。

退職年金基金の目的は、将来の退職金給付に充てる資金の運営であり、その性質上収益の安定化に努めなけらないけません。

ところが機関投資家は、一般投資家の資金を集めて運用しているため、投機的取引を禁止されています。デリバティブ取引に関しては、現物ヘッジの範囲内に制限されています。

つまり現物売買を基本としている以上、市場が落ち込んだ場合はその影響から逃れようがありません。

一方でヘッジファンドはボルカー・ルールなど規制の対象外で、柔軟かつ機動的な運用で相場の好不調に連動しない安定収益の確保が可能です。

だからこそ機関投資家は、安定収益を求めてヘッジファンドに出資するのです。