「チャートなど役立たずだ」ファンダメンタリストの逸材スタインハルト

世間に名の知られたヘッジ・ファンドといえばジョージ・ソロスの他、リーマンショックで荒稼ぎしたジョン・ポールソンやタイガー・マネジメントのジュリアン・ロバートソンといったところでしょうか。

今回紹介するマイケル・スタインハルトは、個人投資家や業界関係者の間でも人となりは知られていません。

しかし彼こそは1970-80年代に最も成功したヘッジファンドであり、スタインハルトの哲学や、「役立たずのチャートは見たことがない」という独特の投資手法から現代の投資家が学ぶべき点は数多くあるのです。

同時に「ウォール街で最も成功した稀代の天才」スタインハルトの人生は、貧乏人の東欧系ユダヤ人が屈指の富豪に上り詰めたサクセスストーリーでもあります。

周りを震え上がらせる敏腕アナリスト

スタインハルトが生まれたのはニューヨークの下町ブルックリン、今はすっかりチャイナタウンに変わってしまったベンソンハースト地区は、かつてユダヤ人のほかイタリア系移民が身を寄せ合っていたエリアでした。

父親は博打狂いの宝石商で、盗品を扱って投獄されていた時期もあります。そんな父親の影響か、少年スタインハルトは証券会社に入り浸り、ティッカーテープ(株価を印字する紙テープでまだ株価ボードが無かった時代です)を日がな眺めていたとか。

ある日音信不通だった父親が突然彼の前に現れにこう言います「ペンシルベニア大に入ってみろ、金は全部出してやる」。彼は見事アイビーリーグの名門大学に合格し、2年飛び級で卒業します。

卒業後はミューチャルファンドに就職、25歳のころにはすでに「ウォール街NO1のアナリスト(自称)」にのし上がっていたとか。

背が低く・胸板が厚いスタインハルトは父親譲りで喧嘩早く、怒ると耳まで赤くなり感情を爆発させました。そんな性格は、ファンドを率いるようになっても変わらなかったそうです。

チャート無視・空売り・逆張り~暴落相場で儲ける~

1960年代も終盤に近付き、低い失業率・賃金の上昇・安定した金融に20年支えられたアメリカの好景気は変調をきたします。

69年には物価が6%近くに上昇、FRBは金利を引き上げざるを得ませんでした。

さらに71年にはニクソン政権がドルの金本位制を放棄、物価はさらに上昇し、FRBはさらに引き締めを強めます。

73年にはついに株式市場も暴落、ずっと好調を続けた相場も終わりを告げました。

A・W・ジョーンズのファンドも資産を1億円からたった2500万ドルに減らし、ジョーンズを模倣したヘッジファンドのファンドはバタバタと潰れました。500以上あったヘッジファンドは70を下回るまで数を減らしたと言われています。

1968年にベスト・ファンドマネージャーと呼ばれたフレッド・メイツは、いつのまにかバーでシェイカーを振っていました。

そんな強烈なアゲンスト・ウインドの中でも業績を伸ばしたのは「スタインハルト・ファイン・バーコビック社」だけでした。

他のファンドが買いに走る中で、スタインハルトは買いポジションを大きく上回る人気銘柄の空売りを仕込み続けていたのです。

それでも当初は株価も堅調で、スタインハルトは損を出します。

やがて相場は変調をきたしはじめ、S&P500指数は74年に半値近くまで暴落。

おおくのファンドが破産する一方で、「スタインハルト・ファイン・バーコビック社」は年率28%の収益を叩き出します。株価下落時としては異例の成果です。

空売りで儲けるスタインハルトに対する誹謗中傷は大変なもので、「非国民」扱いするメディアも少なくありませんでした。スタインハルトはそんなバッシングを振り返り「職業人としての満足の極み」とコメントしています。

高収益の秘訣は直感?

高収益の秘訣は直感?

1975年に相場が少し持ち直し始めると、スタインハルトは今度は強気に転じ、その後3年間堅実に上げ相場で稼ぎ続けます。

1978年にスタインハルトはユダヤ教の教えに基づき長期休暇に入りますが、それまでの11年間で彼のファンドは1ドルが12ドルにも膨れ上がりました。手数料を引いても25%近い高収益です。

これだけのリターンを、スタインハルトは空売りをベースに置いた逆張りで叩き出しました。ではなぜ彼は、相場の潮目を敏感に見抜くことができたのでしょうか。

個人投資家のみなさんにとって、チャートは大切な投資ツールです。

移動平均・乖離率・フィボナッチなどなど様々な手法を駆使して相場の潮目を読むのは、株式投資の「イロハのイ」です。しかしそんなチャートをスタインハルトは「役立たず」と切り捨てます。彼は自らの直感を信じ、大勝負に臨んでいたのです。

直感がどこからくるのか、彼自身も説明できません。ただ見習うべき点があれば「自問自答」です。

株は自分が買っていれば反対側には売っている相手がいます。「相手は相手なりの見通しに基づき売っているではその見通しとは何か」常に彼は自問自答します、コーヒーをがぶ飲みして灰皿を山にするまで。

こうしたエピソードをはじめ、スタインハルトの投資スタイルや格言には我々個人投資家が学ぶべきヒントが数多くあるのです。

まとめ

1995年に引退した伝説のトレーダーは、10年間のブランクを経て、ファンド運用会社「ウインダム・ツリー(知恵の木)」の幹部としてリバイバルします。

そんなウインダム・ツリーは、ETF(上場投資信託)で地道に収益を上げています。「スタインハルト・ファイン・バーコビック社」時代のリターンには遠く及びませんが、それでもベンチマーク(S&P指数)を若干でも上回っているのはさすがです。

取引所で常に真っ赤な顔をして癇癪を破裂しギャンブルなディールを続けてきた彼も、年を重ねたということでしょうか。

スタインハルト自身もこう語ります。

「昔と同じスタイルでプレーしようとは思わない」