意外な存在感を示すイギリスのヘッジファンド

この記事では、圧倒的なプレゼンスを誇るアメリカではなくイギリスのヘッジファンドにフォーカスを当ててみていきます。

2018年の運用総額ランキングでは、アメリカがワンツーフィニッシュを決め、さらにトップ10のうち7社までをアメリカが抑えるという結果になりました。

では残り3社はどこかといえば、すべて「グレートブリテン・北アイルランド連合王国」、すなわちイギリスのヘッジファンドでした。

GDP(国際総生産)は世界5位、アメリカの1/7に過ぎないこの国が、なぜ金融の世界で「圧倒的なナンバー2」の地位を誇示しているのでしょうか?

この記事では、イギリス・ヘッジファンドの基盤を支えるロンドン・シティの歴史的背景・精神、アメリカヘッジファンドとの違い、著名なヘッジファンド3傑などについて紹介します。

独自のプレゼンスを誇るイギリス・ロンドンシティ

独自のプレゼンスを誇るイギリス・ロンドンシティ

基軸通貨ドルを握るアメリカには及ばぬものの、圧倒的なNO2の地位を誇示するイギリスですが、その源泉はロンドン金融界の伝統、一時の停滞から復興に向けた歩みから生まれているようです。

金融ビッグバンでよみがえったロンドン・シティ

ロンドンの東部に位置する金融の街シティ、カナリーウオーフ再開発地区にはHSBCやシティグループが入居する超高層ビルが拠点を構え、一方で高級住宅街でも有名なメイフェア地区はヘッジファンドたちの根城となっています。

その歴史は、1000年以上前「シティー・オブ・ロンドン・コーポレーション」の誕生にさかのぼります。

130以上のギルド(同業組合)を起源とするシティは、イギリスの植民地支配と共に世界金融の中心として絶対的な地位を誇示してきました。

そんなシティもやがてウォール街にその地位を奪われ、1970年代にはニューヨーク市場の1/13まで落ち込んだだけでなく、2位の東京市場にも大きく引き離されます。

これを蘇らせたのが、「鉄の首相」マーガレット・サッチャーの始めた金融ビッグバンです。

手数料の自由化・自己勘定と仲介の兼務解禁・外資出資規制の撤廃といった矢継ぎ早の対策が奏功し、ロンドンは欧州金融界の拠点として蘇りました。

現在では世界通貨取引の1/3、新規株式取引の半数をシティーが占めています。

そしてロンドンシティは、金融業だけで1800億ドルの利益と100万人の雇用をイギリスにもたらしています。

旧植民地やロシアとの歴史的結びつき

ロンドン・シティがなぜ世界金融の覇者ウオール街に対抗できるのか、そこには歴史に培われた世界との結びつきがかかわっています。

税制的にもさまざまな特権が認められるシティ自体が「タックスヘイブン」として機能すると同時に、海外英領・王族属地・イギリス連邦など世界各地のタックスヘイブンと結びついているようです。

そして複雑な金融ネットワークを形成、超富裕層・世界の独裁者・反社会的団体・グローバル企業などに租税回避スキーム・資産運用などの便宜を図っているとされています。

一方、ロシアをはじめとした旧共産圏との結びつきも強力です。ロンドンには、歴史的背景から在英ロシア人が30万人暮らしており、「ロンドングラード」とも呼ばれています。

同時に、ロシア系大富豪などには「非定住者」として投資ビザや免税などの特権を与え、その中には石油王ロマン・アブラモヴィッチ(名門チーム・チェルシーのオーナーとしても有名)も含まれています。

そして、ロンドン・シティには「非定住者」から清濁飲み込んだ大量のマネーが流れ込むとされています。

ブレグジットで行方が注視される英国ファンド

メイ首相
参照:BBCニュース

そんなロンドンシティ、そして英国ヘッジファンド悩みの種がブレグジットです。

メイ首相が退き、強硬派のボリス・ジョンソン前外相が首相の座に就けば、「合意なき離脱」までありうるとされ、ロンドン・シティは戦々恐々です。

ではブレグジットでシティは、そしてイギリス産業12%を占める金融業は衰退へと向かうのでしょうか。

EUからの離脱は、EUの一員だからこそ享受できたメリット、すなわち4.4億人とされるEU域内へのアクセス権、ヨーロッパ拠点としての優位性を失うことを意味します。

一方、離脱支持派は「EUのルールから解放されシティはより活性化する」と主張しています。

現実には金融機関には拠点をヨーロッパ大陸へ移す動きも強まっており、ドイツ金融当局によると既に48社よりドイツへの移転申請を受け付けたとしています。

世界2位のプレゼンスを誇るイギリス・ヘッジファンドについても、今後の動向が中止されます。

イギリスで活躍するファンド三傑

イギリスで活躍するファンド三傑

それでは、ここでイギリスのヘッジファンド三傑を紹介します。

マン・インベストメント

マン・インベストメント

世界の順位 3位
運用資産総額 533億ドル

マン・インベストメントの創業は1783年、農産物商社としてその歩みを始めた世界最古のヘッジファンドです。マンの資産は、何といっても200年以上の歴史に裏付けられた暗黙知です。

世界各国との取引を通じた価格変動に関する経験・ノウハウ蓄積を活かし、マン・インベストメントは世界有数のヘッジファンドへ進化を遂げました。

現在では、フラッグシップビジネスのマネージド・フューチャーズ運用を主体とするAHL(ロンドン)、ファンドオブファンズのRMF(チューリッヒ)、元本確保型ヘッジファンドのマン・グローバル・ストラテジーズ(ロンドン)、ハイイールド債特化型のオア・ヒル(ニューヨーク)など多角的なサービスを提供しています。

スタンダード・ライフ・インベストメンツ

スタンダード・ライフ・インベストメンツ

世界の順位 5位
運用資産総額 350億ドル

1852年創業の大手生命保険会社スタンダード・ライフグループの資産運用部門を独立させる形で、1998年に設立されました。

スタンダードの強みは、大手生保が培ってきたスキルと信用力です。イギリスをはじめとする年金基金の運用会社として高い信頼性を有するとともに、株式・債券・通貨・インフラ資産などのオルタナティブな運用で多彩な運用スキルを発揮します。日本では三井住友信託銀行と提携し、ビジネスを展開しています。

2017年には、新興国株式が強みの英大手運用会社アバディーン・アセット・マネジメントと合併、ヘッジファンド業界における台風の目として、今後の動向が注目されます。

ウィントン・キャピタル・マネジメント

ウィントン・キャピタル・マネジメント

世界の順位 7位
運用資産総額 303億ドル

ウィントンは、マネージド・フューチャーズ戦略を得意とするヘッジファンドです。

マネージド・フューチャーズは、100以上の金融先物市場(株・債券・通貨等)や商品先物市場(原油・穀物・貴金属等)への幅広い分散投資を通じて、相場とは無関係に安定した収益を実現させる投資手法です。

マネージド・フューチャーズ戦略にもさまざまな手法がありますが、ウイントンはトレンドフォローを採り、相場が荒れているときには安全資産(現金やショートポジション等)に退避させることによりリスクをヘッジします。

米系のヘッジファンドが多用するロング・ショート戦略などは、相場の歪みに照準を定めて逆張り的にリターンを狙うのに対し、マネージド・フューチャーズ戦略は、より安定的に収益を稼ぐ点が特徴といえます。

ウィントンは同時に、システマティックな運用を得意としています。独自に編み出した計量分析に基づきプログラムを構築し、他に抜きんでた収益機会の獲得を可能にしているのです。

派手さが目立つアメリカのファンド

派手さが目立つアメリカのファンド

長い歴史に培われた結びつきや、比較的保守的な手法を収益基盤とするイギリスのファンドに対し、アメリカの場合は派手さが目立つようです。

ヘッジファンドはアメリカが元祖

ヘッジファンドの誕生は、第二次世界大戦直後のニューヨークにさかのぼります。

1949年、アルフレッド・ウインスロー・ジョーンズはブロード街の貧相なオフィスを借り、投資ファンドを立ち上げました。もともと望んで投資の世界に身を投じたわけではなく、ジャーナリズムの世界で挫折し失意の中での再出発です。

ジョーンズの経歴は異色で、かつては不定期貨物船で世界を放浪、戦時中はドイツのマルクス主義学校で学び、反ナチズム秘密結社を組織します。一方、投資の世界では全くの無名で、ゴールドマンサックスなど大手投資銀行での経験も無ければ、アイビーリーグで経済学を学んだわけでもありません。

そんな彼が編み出した異色の投資手法は、やがて驚愕の利益をもたらします。自己資金や知人からかき集めた10万ドルは、やがて50倍にも膨れ上がりました。

そして彼が編み出したロング・ショート戦略、レバレッジ、成功報酬制を柱とする3本の柱は、現在におけるヘッジファンドの基盤を構築しているのです。

世界の独裁者から嫌われるジョージ・ソロス

「暴利をむさぼる恥知らず」ヘッジファンド嫌いで知られるマレーシアのマハティール首相は、ジョージ・ソロスを名指しで批判しました。

アジア通貨危機で経済崩壊の瀬戸際に立たされたマレーシアは、その記憶を拭い去ることができないのです。ソロス自身がこの危機で儲けたわけではないのですが、彼自身がヘッジファンドの象徴的存在となっていたのです。

ハンガリー系ユダヤ人として流転の人生を歩んできたソロスは、39歳の時に「ダブル・イーグル・ファンド(その後のクオンタム・ファンド)」を立ち上げます。

ソロスは「再帰性理論」という独自のロジックに基づきファンドを運用し、10年間でファンドを100倍にまで成長させました。

彼が一躍有名になったのが、プラザ合意とそれに続く円高ドル安です。為替動向を見事に読み切ったソロスのもとには2.3億ドルが転がり込んでいます。

投資の世界ではエリオットなどの元気なファンドの陰に隠れがちなソロスですが、彼のもう一つの顔は、「民主化の闘志」です。最近も習近平を「最も危険な的」と呼んで物議をかもしました。投資以外の世界では相変わらず元気なようです。

リーマンショックで大儲けしたジョン・ポールソン

サブプライム・ショックの時には、ヘイマン・キャピタルといった多くのヘッジファンドがローン債権の空売りで儲けました。そんな中でも天文的な利益を挙げたのがジョン・ポールソンです。どこといって変哲のない「ミスターアベレージマン」ポールソンが、なぜこんなビックディールに成功したのでしょうか。

ポールソンは、コントラリアン(逆張り投資家)として、常に大博打のチャンスをうかがってきました。彼が目に付けたのが格付けの低い住宅ローン債権、中でも返済順位が下位のジュニア債です。

やがて過大な住宅ローンを背負い込んだ低所得層のデフォルトが起こりはじめ、2007年2月には英名門銀行のHSBCがローン債権106億ドルの貸し倒れを公表します。HSBCの株価が急落する中、トレーダーからポールソンの元に電話が入ります。「この一晩で2.5億ドルが転がり込みました」と。

リーマンショック以降は米国景気も好調が続き、ポールソンに出番はなかなか回ってこないようです。つぎの経済危機の時まで、じっと好機を窺っているのかもしれません。

育ちつつある日本のヘッジファンド

育ちつつある和製ヘッジファンド

国内外のアセットマネジメント経験者が立ち上げ

最近は大手や外資系証券会社で経験を積んだトレーダー・アセットマネージャー出身者などがヘッジファンドを立ち上げ、大手メディアで取り上げられるなどにわかに脚光を浴びるようになってきました。

最近は、株主還元や政策所有株の売却を株主提案するなど企業価値向上に向けた活動を積極的に行っています。]

金融庁がすすめる「ガバナンス改革」の動きもあってか、当初は冷めた目で見ていた機関投資家も、ヘッジファンドが発する株主提案への賛同も増えてきています。

国内ファンドは欧米ファンドよりフレンドリー

国内ヘッジファンドの魅力は、なんといっても敷居の低さ、そしてフレンドリーさです。

欧米の名門ヘッジファンドの場合、最低出資金額が5億円以上とされています。超富裕層か機関投資家でないと、相手にはされません。一方、日本の場合は1千万円から加入できます(もちろん少額とはいえませんが)。

もう一点、日本語でコミュニケーションが取れるのは、ほとんどの日本人投資家にとってストレスフリー。

やはり日本語でコミュニケーションができるというのは大きな資金を投じる不安も解消してくれますね。

まとめ

さてここまで、イギリスのヘッジファンドについてみてきました。

金融ビッグバン以降のイギリスの伸びは著しく、今や世界3番目のマン・インベストメンツもイギリスのヘッジファンドです。

ただし、我々日本人が投資をするうえではやはり日本語が通じる日本のヘッジファンドが良いので、ここで紹介してきた歴史的背景や世界のヘッジファンド情勢も考慮しながら国内のヘッジファンドにお話を聞いてみるのもいいですね。