ルールを知れば相場がわかる
株にせよ為替にせよ、特に相場が急落するときには都市伝説のように「ヘッジファンド悪者説」が世に流布されがち。
ではヘッジファンドは市場の急落を意図的に仕掛ける「暴利をむさぼる恥知らず」なのでしょうか。
もちろんそうした側面も否めませんが、一方でヘッジファンド側も事情を抱えており、出資者との契約上、泣く泣く投げ売りするケースが少なくないようです。
そこで今回の記事では、ヘッジファンドの契約や解約に関するルール(いわゆる45日ルール)、それが相場に与える影響について解説します。
目次
そもそもヘッジファンドとは何か
株式市場が過熱して株価が高騰を続けているとき、「この相場はいつか終わる」と考える投資家は少なくありません。難しいのは、それがいつかを予測することです。
古い話ですがNTTが上場したのが1987年2月、当時の日経平均は2万円前後でPER(株価収益倍率)は250とありえない数値を示していました。すでに正気を失った過熱相場でした。
では仮に、この時点で大掛かりな空売りを仕掛けたらどうなっていたでしょう。答えは「破滅」。
なぜなら日経平均はその後6割も高騰したわけですから。バブルとはわかっていてもそのトレンドに抗うのは簡単でないのです。
市場が急落して景気も低迷し、投資家だけでなく一般市民もが苦しんでる時にヘッジファンドが儲けるわけですから、好かれるはずがありません。
真偽のほどは別として、「ヘッジファンド悪玉論」が世間の喝采を浴びるのも、わかるような気がします。
放蕩ぶりでひんしゅく?その一方で社会貢献も
ヘッジファンドの総帥たちは、その蓄財ぶりと金満ぶりでも有名です。
ウォール街投資銀行のCEOたちはその高額報酬がたびたび批判され、ゴールドマンサックスのロイド・ブランクファイン氏で5000万ドルを超えました。
ところが同じ年、ヘッジファンドのトップ3は10億ドル以上稼いだとされています。
ヘッジファンド長者たちは、稼いだ金をど派手に使うことでも世間のひんしゅくを買います。
シタデル総帥のケネス・グリフィンはボンバルディアのプライベートジェット(5000万ドル)にチャイルドシートを備え付け、ムーア・キャピタルのルイス・ベーコンは買い取った無人島でイギリス伝統のキジ猟を催す、などなど逸話に事欠きません。
一方でヘッジファンドは、投資以外の世界でも積極的に活動しています。
特にジョージ・ソロスは、「オープン・ソサイエティ」等を通じてベルリンの壁崩壊前における東欧の反体制派支援・ドラッグ廃絶運動といった政治活動を展開してきました。
慈善活動にも熱心で、ニューヨークの全貧困家庭に対する寄付など、その総額は120億ドルに達します。
45日ルールとは何か
では早速ここでヘッジファンドの解約にまつわる「45日ルール」について見ていきましょう。
解約ルールに関する投信とファンドの違い
いわゆる投信(公募型投資信託)の場合、不特定多数の投資家から出資金を集めて運用していることから、即時の解約請求にも対応できるよう、一定の流動性が求められます。
一方で、ヘッジファンドをはじめとする私募投信の場合、出資者は50人未満または機関投資家に限られるうえに、1人当たりの出資額も巨額。
少数の出資者が突然解約した場合、ポートフォリオ組成に大きな影響を与え、運用に支障を与えかねません。
加えて、ヘッジファンドの場合は流動性確保の規制も緩く、インフラや中小型株など低流動性への投資も積極的に行っています。
なので、余計にいきなりの解約は困るのです。
ファンドの決算サイクルと解約発生時期
出資者の構成や、運用資産の流動性の違いは、投信・ヘッジファンド双方の解約ルールに影響を与えています。
投信の解約は、WEBや店頭を通じて日々受け付けており、3営業日後には約定が決済されます。
一方で多くのヘッジファンドは「解約は4半期ごとの決算期末」「解約日の45日以上前の申し出が必要」といった解約ルールを設けています。これが、いわゆる「45日ルール」
です。
ちなみに45日はあくまで一般的な設定期間で、中には60日、90日といった期間を設定しているヘッジファンドも少なくありません。
ロックアップ期間の存在根拠
同時にヘッジファンドはロックアップ期間を設定しています。
ヘッジファンドへの出資者は、ファンド設定からロックアップ期間(6か月・12か月・24か月)が過ぎるまでは、解約することができません。
ロックアップ期間に解約ができたとしても、多額の解約手数料を徴収されるケースも少なくありません。
このロックアップ期間と45日ルールにより資金化が大幅に制限されることからも、ヘッジファンドへの投資は流動性の低い金融商品と言えます。
一方でそのおかげでヘッジファンドは、固定的な資金を確保し、長期的かつ戦略的な投資を展開できるのです。
ファンド悪者説とルール
では実際になぜヘッジファンドは悪者扱いされてしまうのでしょうか?
ファンドが悪者とされる理由
過去に起こった数々の経済危機や金融混乱、さらには国家の破綻がヘッジファンドと結び付けて語られる、「ヘッジファンド悪者説」はさまざまなメディアで喧伝されます。
ヘッジファンドといっても、そのタイプはさまざまです。
オリンパスを屈服させたバリューアクト、エリオット・マネジメント、ブルドッグ・ソースにTOBを仕掛けたスチール・パートナーズなどのアクティビスト・ファンドは、手口の荒いところも少なくありません。
ファンドのせいで市場が混乱する?
では、ヘッジファンドと市場混乱との関係はどうでしょう?
たしかにアジア通貨危機では、ジョージ・ソロスのクオンタムファンドをはじめとするヘッジファンドの投機的行動が、インドネシア・タイ・マレーシアといった東南アジア諸国を破滅へ追い込みました。
意図的でなくとも、ヘッジファンドが招く経済的混乱は少なくありません。
中央銀行による金利引き下げに伴うファンドの債券ポジション解消売りは、良く聞く話です。
リーマンショック前の2007年には、1ファンドの閉鎖をきっかけとしたパニックにより、多くのヘッジファンドがポジション解消に走り市場を混乱に陥れました。
「市場混乱の元凶=45日ルールに基づく解約サイクル」は本当か?
では、ヘッジファンドは意図的に市場に混乱を起こそうとしているのか?
結論から言えば、必ずしもそうとは言い切れません。
ファンドの運用状況が思わしくないと、多くの投資家は我慢しきれずに返還請求へ殺到します。
レバレッジをかけていることもあって、イザというときにヘッジファンドの資金が底をつく、そんなことも稀ではありません。
つまりこうしたケースでは、ヘッジファンドは泣く泣くポジション解消せざるを得ません。つまりファンドも資金の解約リスクに晒されているのです。
とくにヘッジファンドの場合、解約による資金流出時期が45日ルールにより特定されています。
それだけに「市場混乱の元凶=45日ルールに基づく解約サイクル」との憶測も成り立つわけで、ネットではそうした主張もまことしやかにささやかれています。では、この説は本当でしょうか?
相場変動を45日ルールから学ぶ
では次に、この45日ルールから相場の変動を読み解いてみましょう。
45日ルールと相場への影響
一般的にヘッジファンドの決算期は3、6、9、12月末であり、そこから45日前とすると、
2月15日、5月15日、8月15日、11月15日
が45日ルールの起算日となります。
つまり、「市場混乱の元凶=45日ルール」だとするならば、起算日の前後で株価に動きがあるはずです。
当然、起算日直前に解約を申し出る出資者ばかりでもないでしょう。
申し出を受けていつファンドがアンワインドに動くかも、相場状況や各ファンドの運用戦略によっても変わってきます。
つまり、起算日を挟んでの前後における株価動向を追えば、45日ルールが市場に与える影響の検証も可能です。
45日ルールの影響で値上がりすることも
ヘッジファンドのパフォーマンス悪化により出資者から解約が増加した場合、その影響で株価が値上がることも少なくありません。
ヘッジファンドは、有望銘柄でロングポジションを、日経平均先物のショートポジションをとることも少なくありません。
解約増加でショートポジションを手仕舞えば日経平均先物の上昇につながります。とくに先物(株式・債券・通貨・コモディティなど)によるポジション取りを得意とするマネージドフューチャー系やグローバルマクロ系のファンドは、解約により売り仕掛けを解消することも少なくないようです。
こうしたポジションの解消取引を、市場関係者は「アンワインド」と呼んでいます。
ターゲットは11月の5営業日前から起算日まで
某証券会社がTOPIX(東証株価指数)の起算日前後における株価動向を15年間平均(2000年-2015年)で検証したところ、まず、11月10日から15日までの期間で0.36%下落傾向にあることがわかりました。
これは、15日より前における出資者の解約申し出にファンド側が即資金化に動いた、ファンドの動向を先読みする個人・機関投資家が提灯売りに走ったと推測されます。
2、5、8月の同時期には統計的な有意差が見られなかったので、これは年末特有の動きと言えるでしょう。
今度は起算日(15日)から20日までの株価を検証すると、2、5、8、11月の各月において0.17%の下落傾向にあることがわかりました。
こうしたトレンドを知っていれば、たとえばTOPIXプットオプションを使っての短期の鞘抜き等に活かせそうですね。