新型コロナウィルスによる相場の影響とヘッジファンドの動き

1月16日、厚生労働省は、「神奈川県在住の30代男性が湖北省武漢市から帰国後、国内の医療機関を受診、国立感染症研究所(村山庁舎)の検査によりコロナウイルス陽性判定」と発表しました。国内における感染第1号です。

1月時点では、ほとんどの人が新型コロナウィルス問題を中国で起きている対岸の火事と捉えていました(訪日客が来なくなり、一部観光業は大きな打撃を受けていましたが)。

ニューヨークや東京の市場も、まだ平穏を保っており、むしろカネ余りで活況を呈していたころです。

当時から2か月以上が経過、新型コロナウィルス感染は日米欧をはじめ世界中に広がり、日常生活や経済活動にも深刻な影響を与えています。

ダメージはもちろん、株式マーケットにもおよびました。NYダウも日経平均も、時に急騰を挟みながら、リーマンショック以来あるいはそれ以上のダウントレンドを描いています。

では、ダウンサイドの中でヘッジファンドは荒稼ぎしたのでしょうか。中央銀行を向こうに回したフェイス・オフ(決闘)はいかなる結末を迎えるのでしょうか。

嵐の前…ブラックスワンと灰色のサイ

新型コロナウィルス・SARSのような感染症や東日本大震災のような災害といった予測不能の事態は、ブラックスワンと呼ばれます。

新型コロナウィルスが世界に広まり始めた2月上旬のころ、市場関係者の多くは「今回のブラックスワンはマーケットに大きな影響がない」と捉えていました。SARSのときも、世界の株価は一時的に下落しただけですぐに持ち直したからです。

NYダウは、1月中旬から月末にかけていったん下げましたが、その後上昇に転じ2月12日には過去最高を更新しました。

灰色のサイ

多くの市場関係者が忘れていたのが、すでに顕在化していていつ暴れだすかわからないリスク「灰色のサイ」です。

草食動物のサイ、体は大きいですが普段はおとなしい動物です。ところが、いったんあばれだすと手が付けられません。株の業界では、大暴落を引き起こす大きなリスクを孕むにもかかわらずみんなから軽視されている問題を灰色のサイと呼んでいます。

巷でささやかれていた1頭目のサイは、アメリカのバブルです。直近でNWダウは膨張を続けPER(株価収益倍率)は一時23に達していました。アメリカは日本と違って国民の多くが個人投資家であり、収入の3割が資産運用によって支えられています。つまり株価上昇は旺盛な個人消費ひいては米国経済を支えていたわけです。

2番目は債務の膨張で、BIS(国際決済銀行)は世界の債務が記録的な水準(187兆ドル)に達したとレポートしています。ちなみに、187兆ドルのうち恒常的な金利低下もあって米企業は社債を発行、自社株買いに充てていました(株価が上がれば株主も喜ぶし経営トップのストックオプションも恩恵を被るからです)。54兆ドルは米国、35兆ドルが中国です。

3番目は日本、消費増税や中国の経済減速に伴う景気悪化です。2019年10-12月にはGDPが前年比マイナス7%以上落ちました。安倍政権はいろいろと言い訳しますが、日本が景気後退に入ったことは鮮明です。企業業績も明らかに悪化のサインも示し、下方修正発表が相次いでいました。

いくつもの「灰色のサイ」が顕在化していたにもかかわらず、各国中央銀行がじゃぶじゃぶにマネーを注ぎ込んでいたので、株価は堅調に推移していたのです(ちなみにほとんどの評論家は楽観論ばかりでしたが、ラジオNIKKEI「マーケットプレイス」だけは唯一警鐘を鳴らしていました)。

そして新型コロナウィルスをきっかけとして、ついにサイは暴れだします。

リーマンショックを超える暴落

2月の最終週、NYダウは初日からいきなり大きな窓を開けて下落、金曜日の終値は25409ドルと、前週終値28992ドルに対して3500ドル以上の記録的に下げました。

3月1週目には小康状態を保ったものの、第2週終値は2000ドル、第3週は4000ドルと記録的に下げ続けます。これだけの急激なダウンサイドは、1929年の大恐慌以来です。この間FRBパウエル議長が2度にわたり緊急利下げを断行、トランプ大統領も大型の経済対策を打ち出したにも、感染拡大に対する投資家の不安は止まりません

とくに、欧米各国の入国制限が相次いだこともあり3月16日の下げ幅は史上最高の2997ドルとなりました。下落率も12.93%とリーマンショック時(2008年10月15日)の7.87%を超え、ブラックマンデー(1987年10月19日22.61%)以来の数字を記録しました。

ボラティリティーの高さを示すVIX指数(オプションの価格を基にした数値で市場が不安定になると高くなる)も80を超えました、リーマン以来の高さです。

そして、3月23日の終値は18213ドルをつけました。1か月前の最高値29568ドルの約6割です。これで9000ドル近くが下落したことになり、トランプ大統領が就任以来演出した株価上昇はすっかり霧消してしまいました。

さすがに逃げ切れなかったヘッジファンド

今度のコロナ相場で、世界最大のヘッジファンドもさすがに逃げ切れなかったようです。レイ・ダリオ率いるブリッジ・ウォーター・アソシエイツの旗艦ファンド、ピュア・アルファはマイナス21%、同じくオールウエザーファンドはマイナス14%に陥りました。

ここまで落ちると、出資者との契約で「早期償還条項」に触れる可能性が低くありません。そうでなくても、ソブリンファンド・大学・公的年金といったさまざまな出資者が今後引き出しを要求してくるでしょう。さすがのレイ・ダリオも、かなり追い込まれました。

レイ・ダリオは、昨年10月にCNBCが開催したパネル・ディスカッションで「世界景気の転換点が近づきつつある」とコメントしていましたが、「大恐慌時のようなクラッシュを起こすことはない」と考えていたようです。

それでもレイ・ダリオは、大クラッシュの可能性に全く無頓着であったわけではなく、昨年11月には15億ドルもの資金を投じて3月を期日とする空売りをかけていました。このポジションは、いわゆるプットオプションによるもので、組成にはゴールドマンやモルガンが係わっています。それでも運用資産に生じた巨額の損失をカバーできなかったのです。

ブリッジ・ウオーターだけでなく、不意を突かれたヘッジファンドは少なくありません。ほとんどのヘッジファンドは運用成績マイナスですが、さすがにNYダウの下落幅(40%はアウトパフォームしているようです。それでも、高いレバレッジをかけていたファンドは青息吐息で、流動性の高い資産を切り売りしなければいけない状況です。

荒稼ぎしたファンドも

最悪の混乱状態で、ダウンサイドに乗ったヘッジファンドもあります。ボアズ・ワインスタイン率いるサバ・キャピタル・マネジメントは、1-3月期に82%ものリターンをたたき出しました。

クレジット・トレーディング・ファンドと知られるサバは、シェール企業や小売業にからんだCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)やデリバティブを前々から仕込んでおり、これがツボにはまったようです。

ちなみにサバの運用資産は22億ドル、ブリッジ・ウォーター1600億ドルのわずか70分の1です。

コロナ相場の第2幕…ヘッジファンドはいかに立ち回るか

痛手をこうむったヘッジファンドも、このまま引き下がるわけにはいきません。

3月中旬時点でブリッジ・ウォーターは、フランス・ドイツ・スペイン・イタリア・オランダなどのヨーロッパ企業に対し150億ドルもの空売りを仕掛けています。

ターゲットは半導体メーカーASMLやERP(業務統合システム)大手のSAPなどで、レイ・ダリオは、今後しばらく新型コロナウィルスが猛威を振るって経済活動が収縮、欧州株価が下がり続けると読んだのです。

ただしこの空売りが、運用資産の損失カバーを目的としたヘッジか、ショートポジション単体でのリターンをねらったアウトライト取引なのかは、現在のところはっきりしていません。

ヘッジファンド対「2頭のクジラ」

このころになると、ヘッジファンドの多くが各国市場でショートポジションをとり始めます。当然、東京市場も主戦場の1つです。

3月23日朝、東京市場が開くのををマーケット関係者はかたずをのんで見守っていました。
直前の金曜日でNYダウが900ドルを超える下げを見せ、さらにオリンピック延期の正式発表の延期を控えていたからです。

前週はなんとか16500円近辺をキープしていた日経平均も、さすがに持ちこたえられないとだれもが考え、中には15000円割れを予想する市場関係者もいたくらいです。

早朝の米国市場時間外取引では、ダウ先物が急落してサーキットブレーキが発動、日経平均先物も15060円まで落ち込んでいました。

ところがふたを開けてみると、日経平均寄り付きは小幅高ではじまります。
ウオール街のヘッジファンドたちは「まさか…やはり2頭のクジラか」とうめきました。

日経平均の急落を押し戻した2頭のクジラとは、日銀とGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)です。
時計の針を、ここで前の週に巻き戻します。

千両箱の上に後ろ足で立ちシンボルである目玉を抱えた2頭の雄ライオン…日銀本店の前に構える青銅製の紋章は、辰野金吾の手によるレンガ製の重厚な建物と相まって荘厳な雰囲気をただよわせます。

16日午後、日銀黒田総裁はスケジュールを前倒しして副総裁・審議委員を本店会議室に招集、金融政策決定会合を開催しました。

会合では当初取りざたされていた追加利下げに関しては地銀等への経営影響を考慮して見送りましたが、流動性確保先(企業のコマーシャルペーパーや社債購入枠拡大)に加えて、ETFの年間買入限度額を6兆円から12兆円へ一挙に倍増させます。

この決定で、今まで市場関係者の間で共有されていた「暗黙のルール」が成立しなくなります。従来における日銀のETF買い入れはパターンが決まっており、3月に入ってからも日銀は、「午前中のTOPIXが0.5%下がったら約1000億の買いを入れる」を繰り返していました。

ところが19日には、いきなり2000億円の買いを入れます。しかも、TOPIXが上昇していたにもかかわらずです。ヘッジファンドをはじめとする空売り勢は、一気に身構えました。

<指数連動型上場投資信託受益権(ETF)および不動産投資法人投資口>(J-REIT)の買入結果

(億円)
ETF
(1) 右記以外 (2) 設備投資・人材投資
に企業を支援のETF
2020/3/1
2020/3/2 1,002 12
2020/3/3 12
2020/3/4 12
2020/3/5 12
2020/3/6 1,002 12 12
2020/3/7
2020/3/8
2020/3/9 1,002 12 12
2020/3/10 1,002 12 12
2020/3/11 12
2020/3/12 1,002 12 12
2020/3/13 1,002 12 12
2020/3/14
2020/3/15
2020/3/16 12 15
2020/3/17 1,204 12 20
2020/3/18 12 20
2020/3/19 2,004 12 40
2020/3/20
2020/3/21
2020/3/22
2020/3/23 2,004 12 40
2020/3/24 12
2020/3/25 12
2020/3/26 2,004 12
2020/3/27 12 40

週が明けての23日、日銀介入の警戒感からヘッジファンドもどう動いていいかわかりません。

「株価が下がって株式保有比率が落ちたGPIFも買いに回っている」とのうわさも流れ、空売り勢は戦々恐々です。その日は、一進一退を続けながらも午後に入ると一気に値を切り上げ、最終的に335円高の16887円で引けました。

先週末のダウ急落を受けてほかのアジア市場がどこも下落だったにもかかわらず、日本だけが独歩高を演じたのです。

世界の市場も持ち直す

さらに翌日になると、今までショートポジションで積み上げてきた空売り勢が急な株価反転にあわてて買戻しに走ります。

一方、多くの個人投資家は、日銀の出動をにらみつつ様子見を決め込みます。3月下旬ともなると機関投資家も決算対策の銘柄処分が完了しており、市場は「売り手不在」の様相を示しました。典型的な「踏み上げ相場」です。

個別株に目を転じても、日経平均への寄与度が大きいファーストリテイリング株は、それまで大きく売りを浴びせられ大きく値を下げていましたが、膨らんでいた貸株分の調達で株価が上昇、2日間で24%も値を戻します。

そして日経平均は、25日に1204円、26日に1454円と記録的な上昇を示し、19000円台にまで回復しました。

韓国KOSPI・台湾TWSE・香港ハンセンといったアジア市場にも、ダウンサイドが落ち着く動きは拡がります。下がり続けてきたNYダウも、24日から26日は3連騰を見せ、3960ドル(21%)も値を戻しました。

それまでは「新型コロナウィルス感染拡大の歯止めに決め手とはならない」と投資家から無視されてきた金融・財政政策が、あらためて見直され始めたのです。世界各国が打ち出した経済対策は5兆ドル、金融緩和は7兆ドルに達し、市場に安心感を与えました。

金や米国債にも買いが入り、すべての資産が下落するパニック売りには歯止めがかかった格好です。ドルの独歩高も止まり、インドネシアルピアといった新興国通貨にも資金が回り始めます。

ここまで各国中央銀行は、流動性が失われて金融システムが崩壊するのを防ごうと、社債の購入(FRB)、新型コロナウィルスが蔓延し財政基盤の弱いイタリア社債の購入(ヨーロッパ中央銀行)、ドル資金融通による為替不安の防止などなりふり構わず対策をとってきました。

とりわけ注目されるのが「黒田バズーカ」、日銀のETF買い入れです。アメリカでも「FRBが社債を買うべし」との声が高まる中で、ウォール街ヘッジファンドたちの間では、「次はいよいよ株の買い入れか」とのうわさが飛び交っています。

ただし連邦法13条は、「市場をゆがめる」としてFRBによる社債・株の購入を禁じており、やるにしても法改正が必要です。

第3幕…二番底はこれからやってくるのか?

では、世界の市場は徐々に落ち着きを取り戻していくのでしょうか。さまざまなファクターを考えると、ことはそれほど簡単ではなさそうです。

そもそもボラティリティー指数は65と、一時よりは下がったとはいえ高止まりしたままです。投資家は、まだまだ安心したわけではないのです。

日経平均オプションも、15000円のプットの建玉が積みあがる一方で、25000円のコールも増えています。この状況は当面荒れ相場が続くと考える投資家の多さを表しています。

これから訪れる大幅な景気後退

いち早く新型コロナウィルス感染に直面した中国、3月16日に国家統計局が発表した経済指標は、今まで見たことも無いような数値でした。

GDP(国内総生産)に直結する消費は20.5%減、投資は24.5%減という記録的な落ち込みです。感染防止のために武漢をロックアウトし人の移動を大幅に制限したことが、いかに経済にダメージを与えるかを如実に物語っています。

もちろんこんな数字は、1978年に共産党政権が改革開放路線に舵を切ってから初めてのことでしょう。

そしておそらく、1-3月の指標を4月に公表する日米欧も後に続くでしょう。現に27日に公表されたアメリカの失業保険申請件数は、1けた違いの300万人超えでした。

これからも経済指標は、「みたこともない」数字が並ぶでしょう。そして上場企業といえど、業績は間違いなく急降下するはずです。2020年の米主要企業利益予測をベースとすれば、現在のS&P株価指数に基づくPERは23倍強で、とても適正とは言えません。適正PERを18とすれば、米株価は現在よりまだ2割は下がります。

キャッシュフロー面でも、ピンチに陥るところが増えるはずです。度重なる墜落事故にコロナによる需要減に直面したボーイングは、600億ドルに上る公的支援を要請しています。原油価格下落でリグのほとんどが稼働停止に陥ったシェール企業も、社債が償還できなければジ・エンドです。

資金繰りに窮して倒産する企業が続出すれば、銀行の業績を悪化させて金融システムそのものを毀損します。

日本も、対岸の火事とのんびりしてはいられません。すでに丸紅やJXTGホールディングスなどが大幅な業績悪化を発表しています。上場企業の下方修正額は現在1.3兆円ですが、今後まだまだ拡大するでしょう(ちなみにリーマンショック時の下方修正額は22兆円です)。

キャッシュフローも、予断は許しません。超優良企業のトヨタでさえ、3月に入って三井住友などに対し1兆円の融資枠を要請しました。コロナ感染で販売需要が蒸発すると、トヨタといえど安閑としていられないのです。

大幅な減便に直面しているANAも、金融機関に1000億円の借り入れを打診しています。今のところあくまで手元資金を厚くするためですが、このまま航空需要が回復しなければ、ANAだってわかりません。ANAが苦境に陥れば1000億は不良債権化し、銀行の経営を直撃します。

新型コロナウィルスが経済的に与えたダメージは、4月頃からはっきりしはじめ、株価にも動揺を与えるはずです。3月後半は、嵐の前の静けさなのです。

リーマンショックの引き金となったパリバショック(サブプライム危機に伴いパリに本拠を置くBNPパリバがミーチュアルファンドの解約を凍結)当時も、大きく値を下げた株価はいったん持ち直し、約1年後のリーマン破たんで二番底を迎えました

今度のコロナ相場も、ファンダメンタルズが悪化していくなら、いくら「2頭のクジラ」が買い支えても、株価はいずれ二番底をまねくでしょう。現在の株価水準は、この先の景気悪化や企業の業績低迷を織り込んでいるとは思えません。

本格的な相場回復の可能性も

もちろん、好転材料もあります。

先行して回復が見込まれる中国経済は、今後のけん引役として期待されています。とくに距離的に近い日本には大きな恩恵をもたらすでしょう。

衛星画像の解析結果によると、ハブ貿易港の上海からは3月中旬辺りより貨物船の出向数が大きく伸びています。

もう1つの注目点は、バリュー株です。現在の相場持ち直しはPERの高い値がさ株が中心ですが、バリュー株が値を戻し始めてきたら本格的な相場回復のチャンスです。

この先ヘッジファンド勢に絶好の稼ぎ場が訪れるのか、それとも中央銀行が勝利するのか、今後の動向から目が離せません。

 




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